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Unilateral Curious

一方通行な好奇心の数だけアウトプットをしよう

今さらだけど、「嫌われる勇気」を読んだ

最後にブログを書いてから、約2ヶ月ぶりのブログだ。誰かも書いてたけど、一度更新をストップしたものを再開するときの再開するときのエネルギーは、想像以上にかかるものだと思った。

今日は、「嫌われる勇気」を読んで、これまでの自分自身を振り返ってみたことを書きたい。

以前よりも、自分自身のことを理解できた(つもり)なので、今まとまっているだけでもアウトプットしておきたい。

 

強い承認欲求

これまで他者評価だったり評判を気にしてきたつもりは全くないのだが、承認欲求が強い人間だということがわかった。長男というのもあって、常に期待されながら育てられてきたこと影響も大きいのだろうと思う。

それは今の仕事に対するスタンスにも表れていて、基本的に起点を作るのを不得意としている。起点というのは、自発性や積極性が低いということではなく、何か物事に取り組むときのきっかけ作りのことだ。

 

 

目的やゴール設定がプロセス偏重(時間軸がない)

小さい会社で働いているので、周囲には意識の高い人たちばかりが存在する。そんな人たちによく聞かれる質問が、「お前って何をしたいの?何かやりたいことがあるの?」だ。その質問には被せ気味で「ない!」とはっきり言うのだが、本当に何もない。

結果やゴールというものに対して執着はなく、そのプロセスに楽しさを感じるというのが、その理由だ。

それは、昔からそうだった。

  • 学校のテストで点数を目指すよりも、いかに授業中に宿題を終わらせるかが、楽しみだった。
  • 水泳部時代は大会で結果を出す事よりも、より辛い練習をクリアできた方が楽しかった。
  • 漕艇部(ボート)時代も大会で結果を出すよりは、漕艇技術を上げることが楽しかった。

決して100点を目指していてわけではないし、記録出そうと思ったわけでもなければ、全国大会を目指していたわけでもない。それでも、結果的にそれらを実現することはできた。

 

その成功体験が、今の意識にも色濃く反映されているのだと思う。今、目の前にある事にとりあえず取り組み続ければ、結果が出ると信じている。

 

 

なぜ、結果が出るまでそのプロセスに取り組み続けられるのか

それは、プロセスで生まれる達成感(8合目まで登ったときの、あと2合!もういっちょ!という感覚)と、それによって生まれる自己承認(お前もやれるやん!)があるからだ。

そういう点では、至極サラリーマン的な考え方なのかもしれない。

 

ただし、一方ではサラリーマン的な考えではない部分もある。それは、私が自分に対する他者評価を全く信頼していないことである。

それは、上司に取り入れられるための仕事をしている連中を目の当たりにして、そいつらが実際に評価されていくところを見てきたからである。

それが社会なのかもしれないが、「自分よりも優れている人がごまんと存在するのに、一体何をもって評価しているのか?あなたの評価のために、仕事をしているんじゃない。」と感じる。

 

その点、自己承認は比較対象がなく中立なため、自分にとても受け入れやすい。

 

 

サラリーマン的な考え方である強みを活かす

自分自身を振り返ってみて、なおさら経営者には向いてないのだろうと感じている。(実際、経営者ではない)

ただ、経営者だろうがなんだろうが、役職はさておき、どのポジション・立ち位置になろうが、このサラリーマン的な考え方の強みを活かせるように動きたいと思う。なぜなら、それが一番結果の出る方法だと経験が物語っているし、信じているからだ。

 

ただし、それを人に押し付ける事だけはしないように注意していきたい。

 

 

「嫌われる勇気」を読んでよかった

今更だが、アウトプットする事で「自分はそういう人間なんだ」と逆に思い込んでしまうかもしれない。それでも、「嫌われる勇気」を読んで良かったと思うし、私も以前よりは割り切って考えることができるようになった分、迷いや悩みが少なくなって安定(?)している。

この1年間は本当に不安定で迷惑もかけた分、もう一度、自分自身に向き合いながら、頑張っていきたい。

 

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